FC2ブログ

プロフィール

9thNUTS

Author:9thNUTS
達郎さんのカバー・バンド(YAMASHITA KYOTARO BAND)でドラム担当してます。
達郎さんの楽曲が大好きです。
長崎の街から達郎さんを応援しています。

このブログについて

免責事項


since May 2009


カテゴリ


最新記事


サンソン、メール可否


FC2投票


FC2投票


フリーエリア


フリーエリア


フリーエリア


DATE: CATEGORY:山下達郎サンデーソングブック 
ブログを移転中です! 新しいブログはこちらです。

山下達郎さん サンデーソングブック 2020年07月26日『ストリングスで棚からひとつかみ Part.2』(#1450)
から、新しいブログに掲載していきます。
スポンサーサイト



DATE: CATEGORY:山下達郎サンデーソングブック 
山下達郎さん サンデーソングブック 2020年07月19日『ストリングスで棚からひとつかみ』(#1449)

長崎市内は、日曜日はパラパラとにわか雨が降る夏の天気です。

今日のサンソンでオンエアされた楽曲・・きれいな曲ばかり。
三浦春馬さんの訃報が心に重くのしかかり沈んだ気分でしたが、少し癒してくれました。

ということで、このブログでは山下達郎さんのサンデーソングブックのほんの一部をテキスト化しています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。


◎ 冒頭

達郎氏:

相変わらず、梅雨が・・今年は長梅雨の気配ががありますが。

週間予報を見ても、雨がちなところが続いておりますが。
東京は、ここんとこ、なんか、じとじとじとじとですね・・・蒸し暑く。

でも相変わらず、ウイルス、水害・・・
それに伴うですね、ご商売の不安、会社経営の不安・・
色々な不安を皆さん抱えていらっしゃることと思います。

私の業界もですね、なかなか大変な状態であります。
本当に大変なんですけれども。
ま、こういう時、毎週毎週同じことを申し上げておりますけれども。

自分の身は自分で守るしかありません。

いつも時代でも、そういうコロコロ変わるですね、政治や行政の、そういう”あたふた”は、いつの時代にもありますので。

そういう情報の氾濫に戸惑わされないでですね・・・
落ち着いて、仲間内で助け合って・・・
ぐっと踏ん張って頑張ってまいりましょう!

申し上げたいこと、たくさんありますけれども。
そんなこと、何10分も言っても、音楽番組の本道ではありませんので。
少しでもですね、音楽で皆さんの心が癒されるようにですね、番組作っていきたいと思っております。

先週、先々週と、ジャニーズの初代ジャニーズそれからフォーリーブスの海外進出音源を、お聴きをいただきまして。
とっても、ご好評いただきました。

で、私の調べきれない情報もですね、本当に詳しい方、たくさんいらっしゃって。
フォーリーブスの、昔からのファンの方、皆さん・・
なんて言いましょうかですね・・忠誠心の塊という感じでありまして(笑)。
いろいろと、貴重な情報を頂きまして、ありがとうございます。

また、時間改めまして、そういうなものを、ご紹介できればと思っております。

本日は、先日、服部克久先生のですね、追悼の時に申し上げましたけども。
ストリングスの特集をしてみようかと思います。

こうしたもう、こう・・”わさわさ”した時代ですので。
少しでも、心の癒しになればという感じで、そういう甘く優しく・・・ストリングスの編曲をお聴きを頂こうと思いまして。

『ストリングで棚から一つかみ』

始めてみたは、いいんですけども・・
あんまり、そういう・・♪ナァワ~ってのばっかりですとですね・・
眠くなってまいりますので(笑)

ですので、景気いいやつも入れまして、色々と緩急織り交ぜてお届けしたいと思います。

『ストリングスで棚からひとつかみ』

どんな時代になりましても、音楽が消えることはございませんので。
少しでも皆の心に届くように、一服のですね、くつろぎをですね・・
お届けしたいと思っております。

山下達郎サンデーソングブック、日曜の午後のひととき、本日も最高の選曲と最高の音質を楽しみにいただきます。

『ストリングスで棚からひとつかみ』

で、色々、私も一人の人間としてですね・・
いろいろなものを考えておりますが。
私は音楽家なので。
口幅ったいアジテーションとか、そういうものよりも、自分の作った作品でですね、意思表示してきましたし、これからも、そのつもりでおります。

今日の頭は、もうすぐリマスター発売になります。
1986年のアルバム POCKET MUSIC からさ「The War Song」
とかいって、今日はライブバージョンで、どーぞ。


♪ The War Song (Live / '17.07.09 中野サンプラザ)/山下達郎


~ CM ~


♪ I'm Every Woman/Chaka Khan

◎ リスナーからのお便り(北九州市のO.Sさん) 

『久しぶりでのハガキでのお便り、うれしくなります。
6月の終わりにトイプードルを飼い始めました。
女の子で「姫」と名付け、家族みんなを癒してくれています。
トイレ・トレーニングと甘咬みに悩みつつ、育児、育犬に頑張ってます。』という可愛いすね可愛かったよってくださいお次は練習場

達郎氏:

トイプードル、かわいいですよね(笑)
かわいがってあげてください(笑)


♪ チャンシズ・アー/ベン・シドラン


◎ リスナーからのお便り(千葉県市川市のO.Nさん) 

『最近、私の下の息子、大学2年が車の免許取りました。
さすがにまだ息子の運転で隣に乗ってないですが。

達郎さんの娘さんは、運転免許取られましたか。
取っていらっしゃったら、お子さんの運転で初めて隣に乗った時の思い出は、何かありますか。

達郎氏:

取り立てのとき(笑)
すごい、怖い思いをしました(笑)
みんな、そうですよね(笑)

私の父がですね、私が取り立てのときに「もう、乗らない!」って・・
怖がって(笑)
みんな、そうです(笑)
だんだん、経験積んで、うまくなっていくという・・ものでございます。


♪ ヴィヴァルディズ・ソング/マーク=アーモンド

~ CM ~

◎来週 

達郎氏:

『ストリングスで棚からひとつかみ』で送りしておりますが。
もう、そういうストリングスの名曲といったら、数限りなくありまして(笑)。

とても1週間では間に合いませんので、来週もやることにしました。
まだ全然私の大好きなボビー・マーティンとかですねトム・ベルとかですね・・
いくらでも出ますので。

来週も引き続き『ストリングスて棚からひとつかみ』

ようやくサンデーソングブックが、普通のノリになってきたと思ったのにですね・・
また、いつテレワークなるかもわからない、という・・
そういうような状態でございます。

引き続き、リクエストたくさんお待ち申し上げております。
ハガキが復活しましたので

〒102-8080
東京FM『山下達郎サンデーソングブック』の係

メールでも引き続き、頂いております。

https://www.tfm.co.jp/ssb/

ここに、リクエストのフォームがございますので、そっからお寄せ下さい。
年齢とかありますけども、ご無理なさらずですね、秘密にしたい方は、ご遠慮なく。


◎ TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING 

達郎氏:
 
さて、今月末の7月30日 木曜日 20時から予定しております、私の初めての映像配信ライブ「TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING」でございますけれども。

チケットの購入受付が、今週の金曜日 7月24日の金曜日18時までとなっております。

まあ、こういう時代で、配信プラットフォーム色々できましたけれども。
様々な配信プラットフォームございますけれど。

私が今回一緒にやっております『MUSIC/SLASH』
ここではですね、チケットの販売数に合わせて配信環境を最適に構築・準備するために、前売りのみの販売で、受付期間も短く設定されております。
当日券の発売等ございませんので、ご注意ください。

色々なお問い合わせを頂いておりますけども・・・
なにしろ、こちらも初めてのことですので、色々と不都合ございますけども・・
未来へ向けてですね、少しずつ改善していきたいと思っております。

視聴方法など、詳しくは山下達郎オフィシャルサイト
ここで、ミュージックスラッシュのリンク貼ってございますので、そちらでご確認ください。
お申込みお忘れなく、ふるってご参加ください。
何卒よろしくお願い申し上げます。


◎ リスナーからのお便り(中野区のO.Eさん) 

『がきの文字を書くという作業が、私にとっては写経のようなもので、心が落ち着きます(笑)。「ストリングスで棚つか」ということで質問です。

達郎さんは、オーケストラのコンサートは、観に行かれたりするのでしょうか。
好きな交響楽団や指揮者はいらっしゃいますか。
教えてください。
よろしくお願いします。』

達郎氏:

割とコンスタントに参ります。
どちらかというと室内楽のが好きですけれども。

好きな交響楽団ね・・・
指揮者は、いろいろいますけども・・

あのセルジュ・チェリビダッケ・・
この人は、レコーディングしない人で有名です(笑)
ライブ・レコーディングしかないんですけど(笑)

もう亡くなりましたけど・・
この人のミュンヘン・フィルのですね、録音なんかは、鬼気迫るものが、ありますです(笑)

ロリン・マゼールとか、指揮者だとアシュケナージとか、好きな人、たくさんいますけど。
そういうの話始めると長いので、また次の機会に(笑)


♪ Once Upon a Time in America/Ennio Morricone


◎ リスナーからのお便り(愛知県岡崎市のM.Mさん) 

『達郎さんは映画はお好きですか。
自分は音楽と同くらい大好きです。
もしよかったら、生涯ベストの映画を教えていただけないでしょうか。』

達郎氏:

随分、あのぉ・・いろんなとこで申し上げておりますけど。
私の生涯ベスト映画はですね・・

1937年 昭和12年の山中貞雄という監督が作りました『人情紙風船』というですね・・

この映画は、私の将来の Best Of The Best であります!
何十回観たかわかりませんが。

フィルムで映画館でかかるときは、必ず映画館へ行っております。


♪ アンフォゲッタブル/ナタリー・コール&ナット・キング・コール


◎エンディング 

達郎氏:

というわけで、今日は 「ストリングスで棚からひとつかみ」でした。
来週も引き続き行ってみたいと思います。

来週は、もうちょっと R & B のストリングス・アレンジをお聴きいただければと思っております。

8月に入ってから、「珍盤・奇盤」というか・・
なんと言いましょうか、神をも恐れず、と言いましょうかですね・・
そういう感じで、ございますけれども。

横浜市のH.Mさん。

『私は20代の頃から、よく向こうから歩いてくる人に、道を聞かれたり時間を聞かれたりします。
よほど、スキだらけの顔で歩いたのかもしれません。

私自身は、スマホ・マップを見ても、道に迷うほどなのです。
今は、マスクをしてるので聞かれないだろうと思いきや・・・

昨日京都、別の場所で年配の女性に呼び止められました。
どちらも、すぐそばに看板を見つけ、「あそこですね」と伝えることができました。

達郎さんは、何か他の人から、されてしまいがちなことありますか。』

って・・
私は、気配消しの天才ですから!
絶対に来ません。大丈夫です!
とか言って誰かから来たりして(笑)
怖い!

というわけで、今日はこの辺で。

今日の最後は、恥ずかしながら自分のストリングス・アレンジ聴いていただこうかなと思います(笑)

最近は、まったくやりませんけども。
私は全く、あのぉ・・・独学なので。
アレンジするのに、時間がかかるので。
もう、年なので、最近はやらなくなりましたけども。
若い頃は一生懸命やりました。

一番自分に入ってる曲の一曲。
おなじみの竹内まりや 1984年の「プラスティック・ラブ」


♪ プラスティック・ラブ/竹内まりや



今週のオンエア曲

14:04 The War Song (Live / '17.07.09 中野サンプラザ)/山下達郎
14:10 I'm Every Woman/Chaka Khan
14:17 チャンシズ・アー/ベン・シドラン
14:22 ヴィヴァルディズ・ソング/マーク=アーモンド
14:34 Once Upon a Time in America/Ennio Morricone
14:38 アンフォゲッタブル/ナタリー・コール&ナット・キング・コール
14:43 プラスティック・ラブ/竹内まりや





テーマ : FMラジオ - ジャンル : テレビ・ラジオ

DATE: CATEGORY:山下達郎サンデーソングブック 
山下達郎さん サンデーソングブック 2020年07月12日『続・初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画+フォーリーブス』(#1448)

長崎市内は、先週から雨が続いています。
これからの1週間も雨の天気予報で、もう雨は勘弁して・・。

今日のサンソン、あらためて現代ジャニーズのルーツを知ることができました。
日本人の海外進出の難しさは、昔も今もきっと変わらないんでしょうね。

ということで、このブログでは山下達郎さんのサンデーソングブックのほんの一部をテキスト化しています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。


◎ 冒頭

達郎氏:

水害が・・今雨の被害が出ております。
九州地区それから岐阜、長野、中部地区もですね被害が出ております。

今週の週間予報を見ましたら、また雨がちの全国的なですね、予報が出ておりまして。

この番組、直近で、最近はですね、なるべく録っておりますけれども。
それでも、1日2日でですね、情勢がすごく変わるという・・・
非常に来予断を許さない天候状況でございます。

被災された皆様、心よりお見舞い申し上げます。

こういう時は、テレビ、ネットよりもラジオの方がですね、有効なメディアである場合もありますので。
私の番組は、音楽番組ですので、そうした具体的なことはできませんけれども。
少しでもですね、心の癒しに使っていただければと思っております。

ハガキを復活しましたので。
久しぶりに、ハガキがたくさんいただきました。

札幌市の超常連、S.Eさん。

『久しぶりにハガキを書くので、手が震えています。』
ゆっくりやってください(笑)

本当に、ウイルス騒ぎの中で、またこの水害騒ぎ・・大変でございます。
本当にあの・・いろいろと・・
年寄りなので、申し上げたいことは、たくさんあるんですけども。
それだけで時間が経ってしまいますので(笑)

本来、この番組の本意では、ございませんので、今日は、触れませんけれどもでも。

毎週申し上げておりますようにですね・・
自分で自分の身を守るという・・・
うつさない、
うつされない、
それで、親類、友人、隣近所でですね、助け合って、みんなで頑張ってまいりましょう。

で、先週ジャニー喜多川さんの一周忌でございまして。
『初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画』
長ったらしいですね、プログラムでお届けしましたが。

大変ご好評いただきまして。
私が想定していたよりも、はるかに大きな反響をいただきました。

たくさんメール、お便りを頂きまして。
そもそも初代ジャニーズご存知ない若い方、それからジャニーズ聴ていた私と世代の方々・・・
色々な方から、色々な反響を頂きました。

気を良くしております。

今週は、それの続編でございます。
『続・初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画+フォーリーブス』
と題しましてですね・・


先週、お届けいたしましたジャニーズの5曲でございますけれど・・
先週お聴き頂きました5曲は、作曲者それからレコーディングもそのデータ。
それから例えば、そのその後に曲が売られてヒットした・・・そうした経緯ってのがはっきりしてる曲だったんですけども。

今日、お聴き頂きます4曲がですね・・
私、二十数年間調べておりますけども、版権が全くはっきりいたしません。

誰が書いたかという・・まず作曲クレジット。
そして、これがジャニーズの録音で終わったのか、他に流れたのかも、一切はっきりしない4曲でありますけれども。

作品的には優れておりますので。
この残りの4曲、おそらく日本で初オンエアだと思います。
というか、世界で発オンエアでございます。

史上初オンエアかと、思います。

前半は、続・初代ジャニーズの1966年のレコーディングをお聴きをいただきつつ。
後半はですね、その後、ジャニーズが解散した後ですね・・
フォーリーブスが同じトライアルをするんですが。

やはり、海外でレコーディングしてレコード発売するという・・・
トライアルをしておりますので。
それをお時間まで、お聴きを頂きたいと思います。

山下達郎サンデーソングブック、日曜日の午後のひととき、先週に引き続きまして
『初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画』の続編・・

『続・初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画+フォーリーブス』

ジャニーさんの一周忌でございますので、そうした、先週今週2週間お届けすることにいたします。

今日も先週と同じでございまして、音源が非常に音が悪いです。
できる限りの補正をしておりますけれども、ご了承いただきたいと思います。

最高の音質ではありませんけれども、最高の選曲でお届けします。
山下達郎サンデーソングブック
それでは今日もお知らせ挟んで、早速始めたいと思います。


~ CM ~


◎ That's When Happens 

達郎氏:

先週に引き続きまして、ジャニー喜多川さん一周忌の特集でございまして。

初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画の続編+フォーリーブスの海外アメリカ進出のトライに対してのですね・・・
ご説明しつつ今日は、55分間お届けしたいと思います。

先ほども申し上げましたみたいに、今日はそのジャニーズの1966年のロサンゼルスでのレコーディングの、残りのものをご紹介したいと思います。

先ほど申し上げましたみたいに、この4曲は完全に私・・作者も分からなければですね、録音した音が大変の音質の悪い状態ですけども、残っているというですね・・・

戦前のサイレントムービーのような・・
そういうような感じです。

あくまで完パケ・オケではないんですね。
途中の仕掛だと思われます。

完全なミックス・ダウン終わった程度でもございませんけれども。
曲の感じは、よく伝わってきますので・・

今日は、その残りの4曲をお聴きいただきたいと思いま。
すまずは短めの曲から。

「That's When Happens」

というタイトルの曲。
ザ・ジャニーズ 1966年のレコーディング。


♪ That's When Happens/The Johnnys


「That's When Happens」
初代ジャニーズの1966年のレコーディングでございます。

先週も、お聴き頂きました、例えば「Never My Love」ですとかですね・・
サークルのヴィジットとか・・
そういうようなものオリジナル・バージョンとしてのジャニーズの録音に、非常に皆さん驚きを持ってですね・・

特にお若い方はですね、本当にソフトロックですごいなーっていう・・
あれなんですけども。

ジャニー喜多川さん自身はですね、多分このアプローチに、わりとこう・・カルチャーショックを受けたと言いましょうかですね・・

すごく新しい・・当時は音作りの捉え方で・・
今、我々もソフトロックと呼んでますけれども。

66年ですから、ベトナム戦争が激化はじめた時に、そした Middle of the road Music がすごく流行りかけていた時代の、この後に、たとえばフィフス・ディメンション、アップ・アップ・アンド・アウェイとかですね。
それこそアソシエーション・・いろんなもの出てきますけども。

そうした中の・・ま、バリー・デヴォーゾン・・
そうした割とリーダーシップとってた人なので。

だけど、ジャニー喜多川さん自身はですね、あのウエスト・サイド・ストーリーが好きで。ですので、ひと世代前の方なので。

どっちかいったら、ロカビリー以前のビング・クロスビーとかフランク・シナトラとかフレッド・アステアとか、そういう人たちが、ジャニーさんにとっては憧れだったので。

最終的なジャニーズ4人組ですけれども、あの4人のそうやって歌って踊れるボーカル・グループという形で、例えば、あわよくばラスベガスに進出することとか・・
そういうようなことを目論んでたんですけど。

そういう視点から見ると、こうした音楽がですね、わりと、もっと新しい・・
そういうことで、ジャニーさんに伺ってみたかったんですけど。
なかなかこう・・お話を濁される(笑)
そういう感じでございますが(笑)


◎ Tell Her I Love Her/The Johnnys 

達郎氏:

ちょっと話が長くなりましたが。
もう1曲。

お次は「テル・ハー・アイ・ラブ・ハー」というタイトルが付けられたザ・ジャニーズのレコーディング。

♪  Tell Her I Love Her/The Johnnys


「Tell Her I Love Her」という曲でございました。

おそらく4トラック・レコーディングだと想像できますが。
よくハモってます。

4トラックですから、そんなにダビングが、たくさんできるわけでもありませんのでですね。

ちゃんと歌のトレーニングされているという・・感じでございますが。


◎ ラスベガスに持っていきたい 

達郎氏:

ジャニー喜多川さんは、そういうわけで、どちらかと言うと、そうしたロックン・ロールより前の音楽に愛着がある方で。

エルヴィス・プレスリーの話とか、そういうロカビリー関係の話を伺ったことがありませんので・・

ですのでジャニーズでしたらフォー・エイセスとかですね・・・白人四人組のボーカル・グループ・・そういうようなものに、踊りをつけたものを、ラスベガスに持っていきたい・・とか、そういうような計画だったんではないかと、僕は想像しますけれども。

当時の状況からすると、こうしたボーカル・グループがですね、そういうロックン・ロールの世界で生きていくというのは、まだ、それほど確証がないという時代で。

例えばフォー・シーズンズもですね、最終的には、ラスベガスに行くつもりで、62、3年、4年ぐらいまでやったんですけど。
ロックン・ロールがいき流れていったので、そっちの路線でずっと続けることが可能だったというですね・・・

なんたってフランキー・ヴァリという、名前はですね、今本名はフランチェスコ・カステルッチオっていうんですけど。
お母さんが、フランクシナトラのファンなんで、フランクってつけたんですけれども。

そういうような時代ですから。
ですので、そういうような状況だという背景があります。


◎ Love's Breakin' Thru/The Johnnys 

達郎氏:

この次の曲が、僕、すごく好きな曲で。
ラブズ・ブレイキング・スルーというタイトルの1曲

♪ Love's Breakin' Thru/The Johnnys s


◎ アメリカで受け入れられなかった理由 

達郎氏:

先週も申し上げましたけども、こうしてアメリカ進出・・
あまりも早すぎてですね。
特に、日本ではなかなか受けられなかったっていうのがありますけども。

アメリカでは、これが、どうしてリリースされなかったという・・
これもま早すぎたと言いましょうかですね・・

一番大きな原因は、一言でズバリ申し上げて、人種差別です。

レコード会社は、当時、いわゆるディビジョンていましてですね・・
販売経路ってのありますが。

白人の音楽は、白人のルートで販売しますし、黒人音楽は黒人枠のルートで販売しますし。

ヒスパニックのスパニッシュとかそういうものは、またそういうルートで販売しますので。

日本もしくは ジャパニーズ 日系の人がやってる音楽は、だいたいハワイくらいしか、マーケットがないんですよね。
で国内発売は、ほぼない、という・・・
そういう時代でありましたので。

今でもですね、そういうアメリカ進出、あれする人はいますけども。
最近は少なくなりましたけど、金だけ払って逃げられるという・・・

出してやると言って、結局出なかった・・みたいな、そういう・・
で、プロモ盤だけある、とか。
そういうのはですね、結構あります(笑)

ですので、坂本九さんの「すき焼き」なんていうのは、あれは本当に偶然の産物でありまして。

奇跡のような産物であります。

ですので、まあ、それを夢見て、みんなトライするんですけど。
なかなか、やっぱり60年代ですと、うまくいかないっていう・・・

でも作品的には、これだけのものが、できたというのはですね・・・
なかなか、やっぱり歴史に残る成果だと、私は思いますけれども。


◎ You're Near Me/The Johnnys 

達郎氏:

そして最後の、今日お聴きを頂きます、その未発表曲の最後の1曲。
「 You're Near Me」


♪ You're Near Me/The Johnnys

初代ジャニーズ、1966年のレコーディング「You're Near Me」という1曲でございました。

これで先週の5曲と合わせて、今現存してる全9曲をお聴きをいただきまして。
これ、アルバムになったら面白かったなと思いますけどね(笑)
でも歴史のいたずらでありますけども。


◎ 中学の3年の夏の話 

達郎氏:

実は、私、ジャニーズの皆さんとですね、お会いしたことがあります。
中学生の時なんですけれど。

1967年のことですが。
文化放送に『ハロー・ポップス』という電リクの生番組ありました。
土井まさるさんの司会ですけれども。

それに、中3だったんですけどですね・・
ハガキ出すとオブザーバーって形で、ようするに視聴者が参加できるんですね。

そのリクエストの様子、電リクがですね、いろいろまわってる様子をですね、見学できて。それで、生電リクが終わった後にですね、ゲストのコーナーってのがありまして。

こういう、ちっちゃなスタジオに5、6人のそうしたオブザーバー連れてかれまして。

ちょうどその日が、ジャニーズだったですよね。
でも、僕、66年だか7年にですね、ジャニーズのバラエティ番組があるんです・・
たぶん日テレの「ジャニーズナインショー」か「ジャニーズセブンショー」か・・
その辺だと思ったんですけど。

そこでかかった1曲が、すっごい好きな曲があって。
「愛しちゃダメ」ってタイトルで。

メロディ、まだ覚えてるんですけど・・・

♪~あの時から君が好きだよ ダーメ 愛しちゃダメ~

そういうやつですね。
それが、すごく好きで。

何か質問がないかって言われて。
『「愛しちゃダメ」って出ないんですか』って、言ったらですね・・

たぶん、真家ひろみさんだと思うんですけども・・

『あれは、もう出ないんだよ』って。

たぶん、その時に、もう解散が決まってたんですね。
それが僕中学の3年の夏の話で・・
67年の夏の話ですね・・・
それすごく印象に残っておりまして。

でも、ジャニーズの音楽がですね、その時、自分の心にすご響いたので。
その後、こうしたジャニーズの初代のレコーディングのですね、66年のレコーディングのこうした話題を、情報っというのが、少しずつ流れてくるようになって。

実際に、こうして音が流れてですね・・・

やっぱ、すごいこと、やってたんだなというですね。
果敢な、アメリカ進出したという・・
そういうような、今年すごく印象がありまして。


いつか、それを特集してみたいと思いまして・・
ようやく夢が叶いました。

そういうわけで今日の前半は、『初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画の続編』でお届けしましたが。

お知らせの前に、お聴きをいただきますのは、あおい輝彦さんが1976年の10月4日、中野サンプラザでのリサイタルで歌われた「ネバー・マイラブ」


♪  Never My Love/あおい輝彦

~ CM ~

◎『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』 

達郎氏:

今日は、大切なお知らせがございます。

数日前に発表になりましたので、ご存知だと思いますけれども。
このたび、私もですね、初めて動画配信サービスを使ってライブ映像をストリーミング配信することになりました。

以前から、色々と計画はしていたんですけれど。
こうした時代になりましたので、ちょっと早く実現することになりました。

私、この番組のお聴きの皆様でしたら、よくご存知の通り、自分のライブ映像をですね、映画館とライブハウス以外に公開したことありません。

テレビでも、のっけた事がありません。

ですが、今回のこのウイルス騒ぎでですね、このエンターテイメント業界、非常に深刻な危機であります。

ライブ、どんなやりたくてもやれないという・・
そして、それが今んとこ、いつまで続くかわからないという・・・

ですので、再びライブができるようになるまでの間に、違う可能性を模索しなければなりません。

ですので、それならばインターネットを介して、バーチャルライブ いわゆる動画配信サービスを使って、リアル・ライブ体験に、どういう具合に肉薄できるか・・
どこまで再現できるか・・・

というようなことですね、やっぱり、やらなければならないと。
私も挑戦してみようと思い立ちまして、始めることにいたしました。

題して『山下達郎スーパーストリーミング』

っへへ(笑)
すごいなこれ!

バーチャル・ライブというのはですね・・・
いろいろなファクターがあるんですけど。

一番私の重要視したのは、音質のクオリティです。
あとは配信パス、セキュリティーですね。

あのダビングをされて、またそれをですね・・
あの YouTube にあげられるとか・・
そういうことが、すごく僕は疑問があるので。

そういうことが、なるべくできないようなシステムは、ないかという・・
そういうなことを、ずっと模索して参りまして。

ちょうど、私のライブのプロジェクションをやってもらっておりますミュージック・スラッシュというプロジェクトがありまして。

ここの人たちが、ちょうどそうした音質クオリティとセキュリティが非常に強固な・・
システムというの構築してくれまして。

そこの力を借りて、やってみたいと思います。

で、配信の日時なんですけども。
再来週の木曜日7月30日 木曜日
午後8時 20時から21時10分まで70分のライブを配信する計画でございます。

このチケットの購入受付を、本日この番組終了後、15時から開始いたします。
内容など詳しくは山下達郎オフィシャルサイトにてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

なお、これミュージック・スラッシュ・・
そのプロジェクトの方から伝えてほしいとの業務連絡でございますけども。

これミュージック・スラッシュの方針でありまして。

ミュージック・スラッシュでは、見逃し配信はいたしません。
アーカイブも残しません。

これは、リアルライブに近づけるという思想でありまして。
そのための高音質でありましてですね。

普通にライブを見るという・・
それと同じ、なるべくそれに近づく体験をしていただきたい、ということなので。

例えばポーズができないとかですね・・
繰り返し見れないとか・・

本当の実際のライブはポーズ出来ませんし(笑)
繰り返して見れませんので(笑)

そうした一期一会のですね、緊張感というのを重視するというのは、このミュージック・スラッシュのプロジェクトの目的であります。

その目的を実現するために、チケット販売数にあわせて配信環境を最適に構築準備すると言う必要がありますので、前売り券のみ7月24日の金曜日18時までの受付となっております。

当日券の発売等はありません。

つまり、ようするに最初から配信と言いましてもですね、同じネット配信と言っても、発想が違うということをご理解いただきたいと思います。

私、この発想に非常に賛同することがありましたので。
このミュージック・スラッシュで最初の私のネット配信を始めようという意思を固めました。

『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』 By MUSIC/SLASH

よろしくお願いします.


ネットでの配信ですので、チケットご購入前にですね、ご自身の視聴環境で視聴可能かどうか、必ずご確認のうえご購入ください、とのことです。

こちらも先ほどの私の山下達郎オフィシャルサイト ここに MUSIC/SLASHのリンク貼ってございますので、併せてご確認ください。

7月30日 木曜日 20時からの『TATSURO YAMASHITA SUPER STREAMING』でございます。

何卒奮ってご参加ください。
よろしくお願いします。

なにしろ、初めての試みで、こっちのシステムも初めての試みですので。
試行錯誤、色々とあると思いますので、少しずつ改善していけばという・・
その皮切りでございますので、あわせて宜しくお願いします。


◎Chotto Matte Kudasai(ちょと待て下さい)/Four Leaves 

達郎氏:

さて、そういうわけで・・
今日は『初代ジャニーズ洋楽アプローチとアメリカ進出計画 続編 プラス フォーリーブス』とタイトルかかっておりますけれども。

ジャニーズ解散した後にですね、フォーリーブスが同じような感じでアメリカの LA でですね、レコーディングをしまして、そのソースが残っております。

ジャニーズの先週お聴きをいただきました、シングルとして発表されたもの・・
それから、このフォーリーブスのシングルは、確かにアメリカで発売されております。
ビルボードにも広告も打たれております。

フォーリーブスも同じような4人組の男の子でありまして。
ステージでバク宙をやったのは、日本で初めてだという・・・
そういうような記録も残っておりますけれど。

1971年に渡米をいたしまして、何曲かレコーディングをいたします。
そのうちの1曲がですね、ハワイのサム・カプーという人の69年に発表しました「Chotto Matte Kudasai」という・・・

日本題「ちょっと待って下さい」
このサム・カプーのバージョンが71年にシングルとしてアメリカで発売されまして。
日本でもそれが発売されてヒットしましたので。
これをフォーリーブスが、カバーの形ですけども、これを海外レコーディングで発表いたしまして。
日本版でもシングルとして発売されました。
まずはこれを一番最初に置きを頂けます。

♪ Chotto Matte Kudasai(ちょと待て下さい)/Four Leaves


◎ はじめての世界で (You Got What It Takes)/Four Leaves 

達郎氏:

フォーリーブスは1968年ジャニーズ解散後にデビューいたしまして。
「オリビアの調べ」かな・・・がデビュー曲ですけども。

それからずっと、シングル出し続けてるんですけども。
結構洋楽カバーをですね積極的にやってきたグループでありまして。

71年に、こうしたアメリカで録音して作品を作るという・・・
そういうトライをしました。

この「Chotto Matte Kudasai」はですね B 面でありまして。
アメリカで発売されたシングルはですね、A面が「夏の誘惑」という・・
これは、日本製の鈴木邦彦さんの作曲の曲なんですけども。

日本でもシングルで出しましたけども。
これはアメリカへ持って行きました、アメリカでレコーディングして・・
これマイク・カープのプロデュースでアメリカでレコーディングして。
ですので、アレンジが全然違うんですけれど。

これの B 面に「Chotto Matte Kudasai」が入っております。
今日は、こっちの「夏の誘惑」ちょっと時間の都合でかけられないんですが。
日本語で歌っている曲なので・・
洋楽アプローチじゃないので(笑)
すません(笑)

で、日本でサム・カプーが71年にヒットした時にですね、フォーリーブスが出したシングルが「はじめての世界で」という・・・
これは、「You Got What It Takes」という・・
これは1959年にマーヴ・ジョンソンっていうシンガーが出しましたシングルでヒット曲ですけれど。

曲を書いたのは、後にモータウン作りますベリー・ゴーディーでございますが。

これを1967年にデイヴ・クラーク・ファイヴがカバーいたしまして、日本でもかなりヒットしました。
アメリカのベスト10ヒットなりましたが。

たぶん、こっちのほうにインスパイアされたんだと思いますけれども。
1971年に、先ほどの「Chotto Matte Kudasai」をB面にしまして、A面にこの「はじめての世界で」というタイトルで作詞 北公次さんのクレジットが入っておりますけども・・・

前半日本語で後半英語とそういうですね。
そういうバージョンで発表しております。
71年のフォーリーブス「はじめての世界で」


♪ はじめての世界で (You Got What It Takes)/Four Leaves


◎You've Got What It Takes/The Sylvers 

達郎氏:

フォーリーブス 1971年「はじめての世界」で「You Got What It Takes」のカバーでございましたが。

このテイクは英語と日本語が交互ですけれども、全部英語のバージョンってのもありまして。
フォーリーブスのシングル・ボックス出た時に、それがボーナスで入っておりましたが。

ここから話が少し複雑になってまいります。

アメリカでリリースされましたシングルはですね、先ほど申し上げましたみたいに「夏の誘惑」という鈴木邦彦さんの曲が A面で、 B面が「Chotto Matte Kudasai」でございまして。

この「You Got What It Takes」は日本だけの発売なんですが。
マイク・カープはですね、これを2年後に流用するんです。

ザ・シルバースというですね、日本ではホットライン有名ですけども。
あのメンフィス出身の黒人の家族グループですかね、ファミリーグループです。
ジャクソン・ファイブみたいなグループなんですが。

このシルバースの1973年の、まだシルバースがブレイクする前の MGM レーベルのですねシングルに、これを入れてるんですね。

で、同じオケなんです(笑)
歌がが違う(笑)
もちろんシルバースが歌ってるという。


その MGM でのシルバースの「You've Got What It Takes」を少し聴いてみましょう(笑)

♪ You've Got What It Takes/The Sylvers

お聴きを頂ければわかりますように、全く同じオケで歌っておりますが。
シルバースの73年のシングルでございました(笑)

プロデュース・バイ マイク・カーブのプロデュースクレジット入っておりますが。

要するに、まぁ・・何と申しましょうかですね・・

流用されると、いいましょうか。
なんか舐められてるって感じでございますね。

こういうの、よくあるんですけど。
まぁ当時の状況と言いましょうかですね。
70年頭の状況・・
そういうような、ものでございますけども。


◎謎が多い・・ 

達郎氏:

フォーリーブスのレコーディングは、謎が多くて。
洋楽カバーも、たくさんやっておりますし。

ビリー・ヴォーン・オーケストラでのアレンジャーとして有名なミルト・ロジャースて他人がいますけれど・・
この人が、いきなり作曲で参加しましてですね。
「シャボンの匂いの女の子」っていうのがあるんですけど。

これ AB 面ともミルト・ロジャースの曲でありまして。
そういう、どっから来たのかっていうのは、分かりませんが(笑)

でも、それは多分日本レコーディングだと思うんですけどね。
あんまり聞いても答えてくれないんで(笑)
あれですけれども(笑)


◎はっきり変わったのは70年代の頭 

達郎氏:

そんなわけで、今日は前半『初代ジャニーズ』、後半『フォーリーブス』の海外録音のソースをですね、色々とお聞きをいただきました。

いかがでしたでしょうか。

初代ジャニーズ、フォーリーブスの時代は、そうした洋楽志向というのは明確にあったんですが。

それが、はっきり変わったのは70年代の頭・・
郷ひろみさんが出てきた時に、筒美京平さんが作曲されて、それから都倉俊一さん・・
新しい世代のですね、歌謡作家が出てきて。

日本の歌謡曲の要するに様式っていうのが、がらっと変わるんですよね。

そこからフォーリーブスも77年の「ブルドック」というですね・・
都倉俊一さんの曲がありますけど。
こういうところが、やっぱり今、代表作として語られております。

明確に、そこで変わるわけなんですけども・・

ジャニー喜多川さんという方はですね、どちらかと言うと、音楽よりも、やっぱりダンスと、それからアクトと、そういうようなものがプライオリティが高かった方なので。

ですので、音楽が、そういう具合に変化するということに対して順応に対応をされたと思うんですけれど。

なんですが、デビューはレコードデビューをもってデビューとするというですね・・
不思議な感じなんですけども(笑)

それでも初代ジャニーズからフォーリーブス、その後今に続く流れの中でですね、最も重要視されたのはルックスに代表されるオーラっていいましょうか・・

存在感といいましょうか。

そういうようなものなので。
それが、まず第一でありましてですね。

それで、踊れて、歌えて、演技ができれば、いうことがないという・・
そういう優先順位をお持ちでございましたけども(笑)

色々な意味でですね、先週と今日お聴きいただきました洋楽のアプローチの初期のジャニーズの作品でですね・・・
なかなか面白いものがあると思います。

お楽しみいただければ幸いでございます。


◎エンディング 

達郎氏:

というわけで、2週間お届けしてまいりました『初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画 プラス フォーリーブス』の音源でございました。

最後は、フォーリーブスが1972年に再び海外レコーディングをしまして。
でも71年の音源って、一緒の時かっていう可能性もありますが・・・

1972年に、これも MGM レベルからですねマイク・カーブ プロデュースのクレジットで発表されております。
ジェリー・アンド・ペースメーカーズのカバーで「Don't Let The Sun Catch You Crying」

『初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画 プラス フォーリーブス』の2週間でございました。

ご清聴ありがとうございました


♪ Don't Let The Sun Catch You Crying/Four Leaves




今週のオンエア曲

14:07 That's When Happens/The Johnnys
14:10 Tell Her I Love Her/The Johnnys
14:14 Love's Breakin' Thru/The Johnnys
14:18 You're Near Me/The Johnnys
14:24 Never My Love/あおい輝彦
14:34 Chotto Matte Kudasai(ちょと待て下さい)/Four Leaves
14:38 はじめての世界で (You Got What It Takes)/Four Leaves
14:42 You've Got What It Takes/The Sylvers
14:46 Don't Let The Sun Catch You Crying/Four Leaves





テーマ : FMラジオ - ジャンル : テレビ・ラジオ

DATE: CATEGORY:山下達郎サンデーソングブック 
山下達郎さん サンデーソングブック 2020年07月05日『初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画』(#1447)

長崎市内は、7/4(土)は青空がひろがり、7/5(日)は曇ときどき小雨・・・
一方で長崎の近隣県である熊本県内で豪雨による甚大な災害が起こりました。
ニュース映像見るのが辛いです。

被災された皆さま、心よりお見舞い申し上げます。
一刻も早い日常への復帰を、心よりお祈り申し上げております。

今日のサンソン、初代ジャニーズの歴史を初めて知りました。
初代ジャニーズの米国レコーディング音源が全て発売されなかった理由とは・・

ということで、このブログでは山下達郎さんのサンデーソングブックのほんの一部をテキスト化しています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。


◎ 冒頭

達郎氏:

7月最初の日曜日でございますが。
今週も、今日もその週間予報を見ますと、やっぱり今週も一週間、雨がちで続くような感じでございますけれども。

梅雨でありますが・・
でも、梅雨というよりはですね、ほんとに、あの・・
本当にあの激しすぎるするという・・・

昨日なんか、風が強くてですね、台風かよっていう・・

で、水の被害が出ております。
南の方でございますけれど・・
また去年と同じかっていう・・・

本当に、被災された方が出て参りまして・・
本当にお見舞い申し上げます。
たいへんでございます・・

また雨が、そういう形でなって・・
それに加えて、相変わらずですね、ウイルスはですね、感染症がじわじわと増えてると・・・。

もう山のように、そういうようなですね、時節に関してですね、申し上げること、出てくるんですけども・・・

皆さん、考えてること、同じなので・・・
ですので、もう申しあげません。
こうなったら、ほんとうに・・
ですけど、毎週申し上げておりますけども、ワクチンできるまでの我慢なので。

ファイザーが、ワクチンの治験が始まったとか、そういう前向きなニュースも入ってきております。

ですので、本当に一人一人のですね、手洗い・うがい・マスク・・
自衛するしかありません。

で、やばいとこ行かないっていうですね。
そういう形でですね行くしかないので。
隣近所の人たちで助け合っていくしかないという・・
そういう感じでございます。

皆さんで引き続きですね、感染お気を付けください。


で、スタジオに戻って参りまして。
音の調整もですね、ほぼ、技術の丸山くんと結論が出まして。
テレワークと同等の音質でやれるようになりました。

だから、世の中無駄なものは何もない!
そういう感じでございますが。

7月入りましてですね、今週7月9日なんですが。
ジャニー喜多川さんの一周忌になります。

ジャニーさんが一番最初にジャニー事務所スタートされたのが、1962年で。
四人組のジャニーズというですね・・
初代ジャニーズと、我々は言いますけれども。

初代ジャニーズの結成でジャニーズ事務所が設立されて。
私、その当時、その初代ジャニーズが好きで、よく聞いておりまして。

1966年にジャニーズがアメリカへ行きましてですね。
ダンスのレッスン
ミュージカルの鑑賞とか・・
そういうの目的であったんですけども。

レコーディングをする機会に恵まれまして。
何曲か作品を録って来たんですけれど。

なぜなのか日本ではですね、発売するチャンスがありませんで。
その後、マスター紛失したり、いろんなことがありまして。
現存するマスターがありません。

大変残念なことなんですけども・・

でも、その中の曲がですね、後に他の人にカバーされて大ヒットしたりですね。
そういうような、先、枝葉が分かれまして。

そういうような、そしたジャニーズですね、その当時のレコーディングの歴史というものを、一度ですね特集してみたいと、ずっと前から思ってて。

色々と音源を集めたりですね。
そのカバーの作品を、いろいろと検証したりですね。
資料を、調べたり・・
ずーっとやって参りまして。

ちょうどジャニーさんの一周忌ですので、いよいよその機会が来たと考えまして。
今日はですね、そのジャニーズのレコーディングした現存する音源を中心に、そのジャニーズのレコーディングの作品をですね、是非とも皆さんにお聴きを頂こうと思います。

『初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画』という・・

なんか学術論文みたいなタイトルでお送りします。

非常にデータが錯綜しております。諸説もありますので。
私の知識と検索能力ですと、ちょっと力量不足なところもあるんですけども。
でも、音楽番組ですので、その音源についてのお話はできますので。

そういう意味では、日本でおそらく初めて電波になる音もあると思います。

そういう意味ではですね、ジャニースの一番最初の、初代ジャニーズの、そした、かかんなですね洋楽に対するアプローチを、少しでもですね、お聴き頂ければと思います。

山下達郎サンデーソングブック『初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画』

本日はですで、選曲は自信がございますけれども・・・
サンデーソングブックらしい選曲でございますけれども。
音質はですね、今日は本当に、ものすごく音の悪い(笑)ところからですね、音質補正して最大限の努力してやっておりますので。

最高の音質ではありませんけれども。
最高の音楽が、ここにお聴きをいただけると思います。

山下達郎サンデーソングブック、それでは今日も、お知らせの前はなしで、お知らせ挟みまして、早速始めます


~ CM ~

♪ Little Honda/The Johnnys

◎ ヒストリー 

というわけで、ジャニー喜多川さん、7月9日で一周忌を迎えられますので。
ジャニー喜多川さん追悼の意味で。
今日は、初代ジャニーズ。

ジャニーズの一番最初のグループ、四人組ですけれども。

あおい輝彦さん 
飯野おさみさん 
真家ひろみさん
中谷良さん

この4人の初代ジャニーズの、洋楽アプローチとアメリカ進出計画と題しましてですね、ジャニーズの海外レコーディングの音源をですねお気をいただきつつ。

そこの枝葉をですね色々とご説明したいと思います。

ジャニーズが形成されましたのは、1962年ですけれども。
ジャニー喜多川さんは、アメリカでお生まれになりまして、朝鮮戦争の時に日本へやって参りまして。

今の代々木公園と NHK のある場所にありましたワシントンハイツという、旧陸軍のですね場所ですけれども。

そこで、子供たちを集めて野球チームを作っておりまして。
そこから選ばれた四人がですね、ウエスト・サイド・ストーリーを観に行って。
それ感化されまして・・・

そういうの自分たちもやりたいって。

その4人のマネージャーとなりまして、ジャニーズ事務所を設立して、活動を始めたのはジャニーズで一番最初でございます。

その当時はですね、歌いながら踊る若い子というのは、そんなにいませんで。
ダンサーはダンサー、歌手は歌手という、そういうものだったんですけども。

それが、両方やるという・・アメリカンスタイルですけれどんもですね。
それの一番最初のアプローチでありました。

当時の、いわゆる歌謡曲・・
御三家なんて言われましたけど・・

橋幸夫さん
舟木一夫さん
西郷輝彦さん・・

そういうような、いわゆる既成の歌謡曲ではなくて、洋楽アプローチという・・
和訳ポップスですね、和製ポップスなんていいますけども。

そういうようなものを中心に、最初は活動をしておりました。

今、お聴きをいただきましたのは、ビーチ・ボーイズの「リトルホンダ」
アメリカでは64年に、ホンデルズのヒット曲としてベスト10になりました。

ホンデルズがヒットしましたので、本田技研工業がすね、プロモーション用のソノシートを作りまして・・・
リトルホンダのですね。

ソノシートというのが、1曲目がビーチボーイズの「リトルホンダ」で、2曲目が今お聴きいただきましたジャニーズの日本語歌詞の「リトルホンダ」

作詞 安井かずみ
作曲 ブライアン・ウィルソン
演奏 寺内タケシとブルージーンズ
という・・やつでございますけれども。

これにリ、トルホンダのブックレットに、これが挟まれまして。
裏面の解説は、高崎一郎さんがですね、書かれたです64年の販促物でございますが。

前にも1回サンデーソングで、かけたことがございます。

こういうようなのが、ジャニーズの活動ですけれども。
64年にレコードデビューをします。
「若い涙」という、これがデビュー曲ですけれども。

本当はですね、邦楽作品も紹介するべきなんですけれど、時間がとてもありませんのと・・
あと、作品がほとんど CD 化されてないです。

そうした芸能の裏面史という、そういうものにはですね、あんまり興味ないので。

CD出荷して欲しいんですけどね・・
名曲たくさんあるんですけど。

のちほど申し上げますけれど・・

まずは、このリトルホンダで始めまして。
テレビのバラエティーショーの時代でしたので、テレビのバラエティーショーにたくさん出まして。
だんだん人気が出てきまして。

1965年に紅白に出ます。
「マック・ザ・ナイフ」を歌いますけれども。

その時に、私の母親と父親が言ったセリフがをすごく覚えてんですけどね・・

「なんだ、こんなんなんか若造が「マックザナイフ」歌うのか」
というですね・・・

それが当時の、我々の父母の世代のですね、40ぐらいの人たちの意見だったんですけどでも。

でも、彼らは何を聴いたか・・
うちの父母は、ルイ・アームストロングを聴いたのか・・
ディーン・マーチンかな・・
サミー・デイビスかな・・
そんな感じがしますが。
それちょっと余談ですけれども。


◎ Autumn Afternoon 

達郎氏:

で、66年に、勉強のために渡米をするという。
アメリカへ行って、ダンスのレッスンとそれからミュージカルの鑑賞・・
そういうようなことを、するんですけども。

偶然にも、レコード・プロデューサーでありますレーベル、ヴァリアントのオーナーでありましたバリー・デヴォーゾン・・

これ、あの・・私の番組のリスナー方でしたら、お馴染みのございますけれども。

日本でバリー・デヴォーゾンつったら、コマネチのテーマね。
バリー・デヴォーゾンとペリー・ボトキン・ジュニア・・レンジャーですが。

後は スワット
リズム・ヘリティジ・・・あれの作曲とか。

バリー・デヴォーゾンはとにかく、ヴァリアントそのままワーナーに売却されますので。
宮治淳一さんの、ロック・ナゲッツにたくさん入っております。

宮地さんが来た時に、また面白い話を、お聞きをいただきますけども。
ちょっと話が長くなってすいません。

そんなわけで1966年の8月に渡米しまして。
レコーディングの機会に恵まれまして、レコーディングすることになります。

全部で16曲と言われておりますけれども。
現存する曲は9曲であります。

今日はそのうちの5曲ほど、お聴きいただきたいと思います。
全て1966年、アメリカはロサンゼルスでのレコーディングであります。

まずは「オータム・アフタヌーン」という曲を、お聴きをいただきましょう。

先ほども申し上げましたけども、音悪いです。
すいません。
それはご勘弁ください。

歴史的な録音ですので

♪ Autumn Afternoon/The Johnnys

ザ・ジャニーズ
初代ジャニーズ1966年の 「autumn afternoon」
いい曲ですね。

曲を作っておりますのはアドリシ・ブラザーズ
ドン・アドリシ & ディック・アドリシ、名曲たくさんございますけども。

ヴァリアントに特にたくさん残しております。

一番有名なのは、ご存知「ネバー・マイラブ」でございますけれど。



◎ Autumn Afternoon/Teddy Neeley 

達郎氏:

この Autumn afternoon ジャニーズのバージョンが発売されませんでしたので、後に曲がですね、売られまして。

他の人がやっているバージョンが出ました。

テディ・ニィリィという・・・
俳優、シンガーでございますが。

一番有名なのがのジーザス・クライス・スーパースターの映画の主演でございますが。

この人の1967年、翌年に出ました「オータム・アフタヌーン」
これはプロデュースしているスティーブ・ダグラス。

アレンジしているのが、ペリー・ボトキン・ジュニア
バリー・デヴォーゾンのパートナーですね。

で、スコアが同じですけど、演奏は違うような気がします。
イントロの・・からボワ~ッとドラムに入るところとかは、アレンジが同じですけれども。楽器が若干違う感じがしますが。
翌年のテディ・ニィリィ「オータム・アフタヌーン」を頂きましょう

♪ Autumn Afternoon/Teddy Neeley

お聴きをいただければわかりますが、アレンジがほぼ同じです。
ですので、ジャニーズのバージョンもですね、ひっとしたらペリー・ボトキンがやってるのかもしれません。
スコア書いてるかもしれませんが。

資料が全くございません(笑)

作曲者だけはっきりしております。

◎ Autumn Afternoon/The Association 

達郎氏:
 
実はですね、1967年にアソシエーションもこの曲レコーディングしてるということがですね2011年に出ました Association のアルバムのボーナストラックに、これが収録されていて。

アドリシ・ブラザースのコメントが載ってることで判明しましてですね。
これも一節をいただきましょうアソシエーション autumn afternoon

♪ Autumn Afternoon/The Association


◎ Never My Love/The Johnnys 

達郎氏:

そんなわけで、1966年の初代ジャニーズの LA レコーディングでですね・・
もっとも我々の間で、伝説的に語り継がれておりますが「ネバー・マイラブ」をレコーディングしたという・・

「ネバー・マイ・ラブ」は、先ほどの曲と同じようにアドリシ・ブラザースの作曲になりますが。

ドン・アドリシ & ディック・アドリシは、自分たちでアドリシ・ブラザースで一回出したんですけど、80何位ぐらいのチャートアクションで。

で、このジャニーズのレコーディングに繋がっていくわけです。


記念すべき「ネバー・マイ・ラブ」 のジャニーズレコーディングソースです


♪ Never My Love/The Johnnys

わりとあっさりしたアレンジでありますね。
たぶん、アルバムの中での曲で・・

シングル狙いじゃない、かなっていう・・・

そゆいう感じがいたします。

これが、翌年1967年、アソシエーションのところへ持ち込まれまして。
大ヒットソングとなる「ネバー・マイ・ラブ」にかわるわけでございます。


♪ Never My Love/The Association


◎I Remember/The Johnnys 

達郎氏:

このジャニーズのですねレコーディング作品、全部お蔵入りになったかと思いきやですね、実は、アメリカで発売されている曲が2曲あります。

シングル盤として発売されたんですけども。

先ほど申し上げましたみたいに、このジャニーズのレコーディングをセッティングしましたバリー・デヴォーゾン・・

この人の持っていたヴァリアントというレーベルが、アソシエーションもデビューしましたレーベルですけども・・・

このレーベルをですね、67年に、ワーナーに売却します。

ワーナーはその大量のカタログが入ってきましてですね。
そん中でもアソシエーションに目をつけて、ワーナーに移籍して、ヒットもさらに大きくなるんですけれども。

そういう関係で、ヴァリアントのカタログが、何枚かですね・・
ワーナーのレーベルとして発売される。

その中に、ジャニーズが一枚入っております。

1967年のことですけれども。
そのシングル盤からお聴きをいただきますので、この曲と次の曲だけ、音が非常に良くなります(笑)
すいません(笑)

こちらの方がA面扱いになっております。
「アイ・リメンバー」という曲を。

♪ I Remember/The Johnnys 

67年にワーナーからリリースされました、ジャニーズのシングルの A 面扱いでございますが・・・
I remember という。

なかなかのハーモニーで、ございましょ?

お知らせを挟みまして、裏面をお聴きをいただきますけれども。
こちらのも、なかなか良い出来でございます。

~ CM ~

◎来週 

達郎氏:

ジャニー喜多川さん一周忌追悼の意味を込めまして、『初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画』と題しまして、一番最初のジャニーズ4人組の66年の海外レコーディングのソースをですね、お聴きを頂いております。

来週もやります。

来週は、ここの延長でですね・・
今日、は現存してる9曲のうち5曲を、おかけしますけど。

来週は、またそれの違う曲。

それで、フォーリーブスも同じトライでですね・・
海外レコーディングをしておりますので。

そこまでいって、みられればなと思っております。

でもまあ、ジャニーさんご存命でしたですね・・・

「達郎さん、そんなにならなくていいよ」
とか言うんですよ(笑)

ジャニーさんは、あのぉ・・有名な話で「Youね!」と、そういうあれですけども。
我々には、絶対にそういうことは言いません。

ちゃんと名前で呼んでくださいます。


◎ Nothing Sacred/The Johnnys 

達郎氏:

それで、先ほどの I remember とシングルのカップリングに入っております。
こちらの方がこの現存テープを知ってる人間の中では、評判がいいんですけれども。

「Nothing Sacred」という1曲でありまして。

曲を書いておりますのが、ボディ・チャンドラーとエドワード・マッケンドリという・・

この二人は、一番有名なのは、カスケーズの「ラスト・リーフ」
「悲しき北風」ですかね。
それが一番有名でございますけれど。

アレンジもボディー・チャンドラ、プロデュース・クレジット書いてませんけど、多分バリー・デヴォーゾンでしょ。


♪ Nothing Sacred/The Johnnys


◎ Visit/The Johnnys 

達郎氏:

初代ジャニーズのレコーディングで、最もですね我々がインパクトがあったのは、「ネバーマイラブ」もそうですけれども。

次にお聴きをいただく「 The visit」 という1曲でありまして。

これが、やはり翌年にですね、「サークル」・・・レッド・ラバー・ボールの「サークル」ですけども・
サークルの2nd アルバムの「ネオン」ってアルバムがあるんですけども。
これに収録されることになりまして。

こちらジョン・サイモンがプロデュースして、やってるやつですけれども。

この「ネオン」っていうアルバムはですね、細野晴臣さんがお持ちで。
大瀧さんが必死になって、それ探して・・・

我々も、それを聴かされて。
この「ビジット」って何ていう曲だろうってですね。

それで、必死になって探して。

なんとこれがですね、ジャニーズがレコーディングしていたという・・
その後で知ることになりまして。
それで私は猛然とですね、このジャニーズのここのレコーディングに興味を持って、今までずっと、音を探し続けてきましたけれど(笑)

そういうことで、御託は時はともかく。
そのジャニーズの the visit


♪ Visit/The Johnnys


今の人が聴くと、いわゆるソフト・ロック範疇でございますが。
でも、ちゃんとハーモニーも綺麗ですしね。

で、これを翌年サークルがカバーしたアルバム「ネオン」に収録されております the visit も聴いていただきましょう。


♪ ヴィジット/サークル

ザ・サークルのバージョンの the visit をお聴きをいただきました。

採算申し上げておりますけれども、今日のジャニーズの音源はですね、音が本当に悪いんですけども・・・
これしかございませんので現存してるのですね。
ご了承ください。

この visit という曲もボディー・チャンドラ、エドワード・マッケンドリという、先ほどのあの I remember という曲のコンビと同じ作曲ですけども。

ボディー・チャンドラとかバリー・デヴォーゾンも、特集したいんですけど・・
なかなか機会がございません。

できればいいかなって・・


◎米国で発売されなかったのは 

達郎氏:

こうしたジャニーズの、この66年のですねレコーディングが、何で発売されなかったことに・・この諸説ありましてですね。

アメリカでは、やっぱり英語の発音に問題があったという見解が大多数なんですけど。

でも、今の耳で聞くと、それほど問題なんじゃないかっていう感じもいたします。
よくハモってますしですね。

あおい輝彦さんの声も、滑らかでとってもいい表現だと思うんですけど・・・

まあでも一言で言いますとですね、早すぎたんですね。
特に日本では。
66年ですから。

ドルが360円でした。
アメリカへ行くのには、500ドル以上持ち出せないっていう・・

500ドルというと360円ですから、18万円ですね。
当時のサラリーマンの66年のサラリーマンの初任給が4万円とか4万5千円とか、そういう時代ですから。

それでもそれしか出せなかったっていう・・
そういう、あの時代にアメリカ行ってですね、ましてやレコーディングするとか、そういうのは本当に大変なことでありまして。

かろうじて、まだ音が残っているというのは、幸運であります。

それが、少しでもですね・・
こうやって、お届けできるというのは、ラッキーでありますけれども。


来週も引き続き、そんな感じでやってみたいと思います。

フォーリーブスの、海外レコーディングもなかなか面白い音源がたくさんありますので。
そちらの方も、お聴きを頂ければと思います。


◎ジャニーズ伝説/A.B.C-Z 

達郎氏:

で、私も今日申し上げてきましたこの初代ジャニーズの歴史に関して、ご興味お有りでしたら、2010年代に入りましてA.B.C-Zの皆様ですね、「ジャニーズ伝説」という日生劇場でやっておられます舞台がですね、DVDになっておりますので。

「ジャニーズ伝説2017」が一番詳細かな・・・
それをご覧になりますと、今日お聴きをいただきました「ネバー・マイ・ラブ」の部分とかですね、そういうのも聞けますし。

あおい輝彦さんが、ご自分でナレーションをされている部分もございますので。
興味ある方は是非どうぞ。


◎エンディング 

達郎氏:

初代ジャニーズ洋楽アメリカ進出計画としてお届けしました。
今日の最後は、その渡米する直前にレコーディングされました TV版のバットマン。
これの主題歌を、ジャニーズがシングルカット致しました。

バックが、ブルーコメッツでありまして。
先ほどの、ブルージーンズのリトル・ホンダと違う、また味があります。
これ1966年のレコーディングでございます。


♪ Batman/The Johnnys


今週のオンエア曲


14:06 Little Honda/The Johnnys
14:13 Autumn Afternoon/The Johnnys
14:17 Autumn Afternoon/Teddy Neeley
14:20 Autumn Afternoon/The Association
14:23 Never My Love/The Johnnys
14:25 Never My Love/The Association
14:29 I Remember/The Johnnys
14:35 Nothing Sacred/The Johnnys
14:39 Visit/The Johnnys
14:41 ヴィジット/サークル
14:46 Batman/The Johnnys








テーマ : FMラジオ - ジャンル : テレビ・ラジオ

DATE: CATEGORY:山下達郎サンデーソングブック 
山下達郎さん サンデーソングブック 2020年06月28日『山下達郎ライブで棚からひとつかみ~残り物には福~編』(#1446)

長崎市内は、先週末は大雨警報が出て激しい雨が降りました。
毎年この季節の大雨は勘弁してほしいです。

今日のサンソン、テレワークで達郎さんのおうち録音した音が東京FMで録音した音よりいいだなんて・・・全く違いが判りません(笑)


ということで、このブログでは山下達郎さんのサンデーソングブックのほんの一部をテキスト化しています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。


◎ 冒頭

達郎氏:

先週から東京 FM スタジオに復帰いたしまして。
声が明るくなったというお便りをいただきますが。

ここのスタジオ、広くて・・
それでデッドなんです。

だから、大きな声出さないと声が通らないので、声が大きくなります(笑)

家で録音してる時は何か六畳一間でボソボソやってるような感じなのでですね・・
そういう感じになりました。

いつもの調子でございます!

もう6月最後の日曜日でございます。
何という半年だったんだろう!
という感じでございますが。

もう1年の半分は終わりというですね。

梅雨真っ盛りでございます。
今日の天気予報を見ても、全国的に雨がちで。
今週は、なんか全国的に雨が続くという・・

でも7月入りますので、そろそろ梅雨明けかなという感じですけれども。
九州地方は大雨だそうでございまして、また去年みたいに、また大雨の再来は、イヤですねぇ!

祈るしかございませんけども。
九州地方の皆さん、お見舞い申し上げます。
くれぐれもお気を付けください。

その上にですね、全国でウイルス感染また再び増加している中でございますけれども。

それでもなんか、専門家会議が廃止とか言って・・・
どうなってるんでしょうねぇ・・・

政治も行政もなんか、もごもごしてる感じで・・
裏が全然見えませんね。

利権と政治プロパガンダが渦巻いてって感じで・・
なんか何も信用できないんですけど・・

まあ、そんなの昔から。
今に始まったことじゃありません!

いざという時は、お上はあてになりませんので。
我々の身は、我々で守るしかございません。

みんなで助け合って、励ましあってやって乗り切ってまいりましょう!

こうした感染症というのは、人類の歴史ですね、必ず制圧できると信じております。
それとワクチン、そうした治療ができるまでのですね、我慢でありますので。

みんなで、そこまでぐっとこらえつつですね。
励ましあって、やって参りましょう。

メディアのそうした扇動とか挑発に乗らないように、皆頑張ってまいりましょう!

で、巷がどうあろうとですね、私の番組は明るくいってみたいと思います。

ここの十数週間、ずっとライブソースでお届けしてまいりましたが。
本日で1段落にしたいと思いますが(笑)

私のライブソースは曲が長いので、一週間の予定で、毎週毎週ですね、1曲づつこぼれるんですよね。

それが、かなり溜まっておりますので。
今日は一つ『山下達郎ライブで棚からひとつかみ~残り物には福~編』と題しましてですね。
今まで、かけられなかったやつを、できる限りいってみたいと思います。

長いので、また大して量はかけられませんけれども(笑)

今日も山下達郎ライブでお楽しみをいただきたいと思います。
日曜日の午後のひととき、山下達郎サンデーソングブック、本日も『山下達郎ライブで棚からひとつかみ~残り物には福~編』

本日も最高の選曲と最高の音質でお届け致します。
本日も CM 挟んで、さっそく始めてみたいと思います



~ CM ~

◎ 高気圧ガール 

♪ 高気圧ガール ('09 Live)/山下達郎


達郎氏:

今年入りましてから、ずっとライブ特集でやってまいりました。
十数回やって参りました。
テレワークとか色々ありましたが。

今週でちょいと一段落して、また機会があればという感じですけど・・

冒頭にも申し上げましたみたいに、かなり曲が余ってしまっておりました。
1曲が長いので。

ですので今日は、残り物には福編と・・余ったやつですけど。
ですので長いのが多いという(笑)
そういうことでございます(笑)

まずはこれは、既製品でございますけども。
2011年のシングル「愛してるって言えなくたって」
これのカップリングでシングル化しました。

これですね、ちゃんとしたミックスされているものなので、ちゃんとした音圧を出してますね(笑)

09年の4月25日、札幌ニトリ文化ホール今はなき旧札幌厚生年金でのライブ・レコーディングでございます。
「高気圧ガール」
6分半あります。
すごいやつです。



◎ 風の回廊 

♪ 風の回廊 (Live /'16.03.04 金沢歌劇座)/山下達郎

達郎氏:

2016年3月4日金沢歌劇座での「風の回廊」でございました。

実は、80年代90年代、ずっとライブツアーをやったんですけどですね・・
アレンジの段取りは結構いい加減で。

で、2008年にライブツアーを再開してあと、特に2010年以降ですね・・
細かく細かくコーラスの段取りとか、リズム・パターンの細部をですね、検証し直しまして。

だいぶトラックデータの構築がですね、自分の思い通りに近づいてまいりまして。
この「風の回廊」なんかもそういう感じで、最近は、うまい具合にやれております。



◎ Lady Blue 

達郎氏:

これ、かけようと思って、かけられなかったんですが。

まもなくリマスター再発をする予定でおります POCKET MUSIC
1986年の私のアルバムですけども。

ここん中入っておりまして。
Lady Blueという・・・英語の歌ですけども。
アラン・オデイに作詞頼みました。

この曲は1986年に POCKET MUSIC が出た時のツアーで、一回行ったっきりでですね・・
二度とまだやってやれておりませんがですね。

そのうちに、やってみようと思ってるんですけれども。
なかなか機会がありません。

これを2月ぐらい前にですね、かけようと思ったんですけども。
この曲が長いので、なかなか機会はありませんでした。

せっかく持ってきたので(笑)
ただそれだけです(笑)
すいません(笑)


1986年7月31日中野サンプラザでのアルバム POCKET MUSIC からのLady Blue


♪  Lady Blue (Live /'86.07.31 中野サンプラザ)/山下達郎

1986年7月31日中野サンプラザでのポケットミュージック・リリース時のライブでございます。

くどい!(笑)

33ですからね!

あの間奏のクソ長いギターソロは、恥ずかしながら、私でございます。

先ほどの「風のコリドー」と30年のタイムラグがあります(笑)

33と63、すごい(笑)


~ CM ~

◎テレワークが音質がよい 

達郎氏:

『山下達郎ライブで棚からひとつかみ』
十数週間延々とお届けしてまいりましたが。

今日で1段落でございます。

ですので、かけた曲かけられなかったやつ、残り物には福があるというですね・・
『残り物には福編』でお届けしております。

7月からはですね、スタジオで収録することになると思いますけれど。

あのぉ~私も十数週間ですね、テレワークで家でやっておりましたら。
変な言い方ですけど、東京 FM で録るよりですね、家でナレーションとって、それで技術の丸山くんがですね、家で自分で音構築してですね・・

そっちの方が音が良いということが、わかりました(笑)

なんとかそれにですね、スタジオで収録したソースも、それに近づけようと。
先週、今週、来週あたり、実験してですね、ああでもない、こうでもないって・・
やっておりまして。

それで出来なかったら、またテレワークで・・それはありませんけど。

そういう今ちょっと、ここ1,2週間そういう実験しておりますので。
音が変わったりしますので、その辺をご勘弁ください(笑)。



◎来週 

達郎氏:

来週なんですけれど。
7月に入りまして、7月5日でございますけど。

7月9日がですね、ジャニー喜多川さんの一周忌であります。

で、なんかの形でですね追悼のプログラムをしたかったんですけど。
ちょっと去年は、ツアーでとてもそういう余裕がありませんでですね。
一年経ったんですけども・・


私は、ジャニーさんが一番最初にお作りなりました初代ジャニーズ、四人組ですけれど・・
初代ジャニーズの音楽が、とっても好きですね。
個人的な思い出もあるんですけども。

初代のジャニーズは、アメリカへ進出する計画がありまして。

レコーディングをしまして、実際に向こうでシングルの発売もされてるんですけども。
結局、具体的な成果が上がりませんでしたけれども。

そうしたジャニーズの録音した曲の中には、後にアソシエーションでメガヒットになります Never My Love とかですね、名曲がたくさんございます。

そこのレコードにされた音源というのは、大変音が悪いんですけど。
それを僕持ってますので。

それをご紹介しつつ『初代ジャニーズの洋楽アプローチとアメリカ進出計画』と・・
そういう企画でジャニー喜多川さんの一周忌のプログラムを来週はやってみたいと思っております。

それが済みましたら、珍盤奇盤とかですね・・

あと先週服部克久さんの追悼特集をしました。

大変反響をいただきましたので。
じゃあ、『ストリングスで棚からひとつかみ』とか、そういうのいいかなって。

あと『編曲で棚からひとつかみ』とかですね、そういう・・
こういう時代ですので、ストリングスの柔らかい音でですね、和んでいただいたら。
そういうのも、色々とまた計画練っております。

ついでなんですけども。

先週、私、あの服部先生ですね・・
私のクリスマスアルバム「シーズンズ・グリーティングス」をレコーディングする時に、「フランス近代で」と申し上げたらですね。

「お前の好きなフランス近代にしてやったぞ」

ってですね・・あれちょっとニュアンスが違いまして。

『達郎の好きなフランス近代にしてやったぞ』
そういう、あれですね(笑)

『お前』なんて言葉、あの人は言いません!

話ちょっと、盛りました(笑)

でも服部先生はですね、

『いや、「達郎の好きなフランス近代をやらせていただきました」と俺は言ったんだ』と。

それもシャレですけど(笑)
お詫びして訂正いたします。
ふふふ(笑)

話盛る、悪い癖!


◎ ライブ・ビューイング イベント 

達郎氏:

今回のやっぱりウイルス騒動でですね、色々とですね、各業界制約を受けておりますけども。

我々の音楽業界は本当に大変であります。

ライブできませんし、やれたとしても・・
なんていうんでしょうか、大変少ない人数でしか、できないという・・
そういうような、色んな制約があるので。

これから、どうやっていこうか、みんな必死に考えております。

そうした一環としましてですね。
私のホール・ツアーをいつも関西地区で、お世話になっておりますキョードー関西。
ここがですね、ライブ・イノベーション2020と銘打ちまして、ライブビューイングのイベントを行うことになりました。

それに、私、山下達郎それから竹内まりやが参加させていただくことになりました。

現在も休業を続けておりますライブ・ハウスでですね、会場に常設されているコンサート・スペックの音響システム用いて、ライブ映像を体感していただこうという・・
そういう企画であります。

大阪 Zepp Nambaにて開催されます。

私、2012年に上映いたしました「山下達郎シアターライブ」
昨年19年にアンコール上映されましたけれども。

これとあとは、一昨年2018年に公開されました竹内まりやの「スーベニール・ザ・ムービー」

この2本をですね、今回再び上映させていただくことになりました。

チケットお求めいただきまして、ライブ・ビューイングをご覧いただけるシステムです。

チケットのお申し込みは、私と竹内まりや、どちらも本日この番組終了後、15時より受付開始いたします。
詳しくはイベントのオフィシャルサイト
LIVE INNOVATION 2020 オフィシャルホームページ
にてご確認ください。

私のホームページアドレスあげますので何卒よろしくお願いします。
複数回行いますので、詳しい日程はサイトでご覧ください。
よろしくお願いします。

少しずつですけれども、動いて行きますね。


♪ Daydream (Live /'16.03.04 金沢歌劇座)/山下達郎


◎エンディング 

達郎氏:

今日はこのへんで。
来週から、ハガキ復活いたします。


考えてみましたら、「希望という名の光」のカラオケでですね、歌ったことがありません(笑)

弾き語りとか3人ライブとか、そんなのばっかりで、あります。
あとはホールツアーのライブであります。

生まれて初めて、カラオケで歌いました(笑)

♪ 希望という名の光(おうちカラオケ Take Out)/山下達郎

今週のオンエア曲

14:05 高気圧ガール ('09.04.25 札幌ニトリ文化ホール Live)/山下達郎
14:14 風の回廊 (Live /'16.03.04 金沢歌劇座)/山下達郎
14:20 Lady Blue (Live /'86.07.31 中野サンプラザ)/山下達郎
14:35 Daydream (Live /'16.03.04 金沢歌劇座)/山下達郎
14:44 希望という名の光(おうちカラオケ Take Out)/山下達郎


テーマ : FMラジオ - ジャンル : テレビ・ラジオ


copyright © 2021 未来の自分が振り返る all rights reserved.Powered by FC2ブログ